近畿鹿児島県人会連合会
近畿鹿児島県人会連合会
NPO法人西郷隆盛公奉賛会
トップページへ
連合会からのあゆみ/綱領
総連合会からのあゆみ
 鹿児島と近畿は古くから文化経済並びに人的交流が頻繁に行われた。明治維新の大業達成後、明治、大正、昭和へ、近代国家として発展し、近畿が産業経済の中枢的役割を持ったが、其の源は鹿児島県人先輩が阪神間の造船、製鉄、海運、私鉄、紡績等、薩摩文明の所産が大きく貢献、創設創業に携わり、又、商工都大阪の主要なる基礎を築いた。従って多数の県人が、官政財各界で活躍され、その後県人の就職も数多く、鹿児島県下に次いで県人並びに縁故者の定着を見るに至った。鹿児島県人の気風として相扶け、先輩は後輩を導き引き立て、集う「会」が誕生、三州会及び郷土県人会の流れをなし明治、大正、昭和へと進んだ。
 大戦争時代一時期の混迷があり、その後世情落ち着き、入江泰蔵氏が会長を務めた。更に高度経済成長期に県人百万と称されるに至り、地域、同郷、職域、同窓会等旺盛なる組織造りが進展し、尼崎において当県人会が始動。
昭和34年7月(1959年)
 其の中核として近畿鹿児島県人会が前田村清氏のご尽力により、上野次郎氏を会長として結成された。
昭和42年6月(1967年)
 乗添利光氏が会長就任、伊牟田幹事長、一層の郷土愛を図り、敬老、青少年激励、表彰、慰安等の事業を実施、親睦を深め更に鹿児島における明治百年祭への参加。
昭和45年(1970年)
 大阪における日本万国博覧会鹿児島県の催し。
昭和46年5月(1971年)
 近畿鹿児島県人会総連合会と改称、その活動を近畿地区全域に拡げた。
昭和47年(1972年)
 太陽国民体育大会
昭和52年(1977年)
 西郷南洲百年記念大祭に参加。
昭和54年(1979年)
 大久保甲東百年記念顕彰会。
昭和55年(1980年)
 ギネスブック掲載の、泉重千代翁来阪秋季敬老大会開く。
 尚東亜航空様のご厚意により徳之島へのチャーター便や、パトカーの先導、また森進一氏が自ら進んで出演し、大会に花をそえた。
昭和55年(1980年)
 ブラジル鹿児島県人会、会館建設には物心両面の皆様のご協力等その歩みは大きく、県当局も協力称賛されて県内外有識者の本会の活動に期待大なるものがある。
昭和58年6月(1983年)
 本会は「15年」を契機に更に要望に応え、大阪市内に事務局を設け「民主的会務の運営」と、地域、同郷、職域、同窓、同好会等300有余の県人会の母体、中核としての機能を果たすべく、内外容を充実、役員も各会を代表すべき推薦人事とし、次の綱領を決定した。
一 郷土愛のもとに大同団結し、地域、職域並び郷土の発展に寄与する。
二 和を以って一とし、力を合わせて会員の親睦と協調に資する。
三 先覚者の偉業を継承し、青少年の育成に貢献する。
 また会則の改正、事務局は大阪市東区安土町三丁目七番地 鹿児島銀行ビル内に移転、体制を整えた。乗添利光会長の勇断に依る所が大であった。
平成2年(1990年)
 乗添会長ご指示により、稲盛和夫氏次期会長に招聘依頼、海外進出等ご多用の為保留。
平成2年7月7日(1990年)

 

 大阪市内鶴見緑地で開催中の、「花博」で鹿児島の日、翔ぶが如く、舞台は鹿児島!のキャッチフレーズのもと鹿児島県人会の各種団体による、イベントがあり、会場を埋めた観客を魅了した。
平成2年9月29日(1990年)
 国際花と緑の博覧会協会会長から、博覧会の催事実施について、会の成功に多大な貢献をされたとの感謝状が贈られる。
 また、平成2年創立30周年記念総会では、土屋鹿児島県知事から、乗添会長への30年間にわたっての県政への貢献を高く評価されての感謝状が贈られた。
平成3年6月(1997年)
 森田栄新会長就任、乗添現会長を名誉顧問とする。7月浜口幹事長就任。 
平成7年1月17日(1997年)
 阪神大震災に伴って、会員からの義援金が209万5千円(160名)が集まり、震災者18名に贈呈した。
平成9年10月25日(1998年)
 長居陸上競技場で「なみはや国体」及び同年11月2日の「ふれ愛ぴっく大阪」に、近畿鹿児島県人会連合会から、スタンド演技団として参加した。
平成11年8月(1999年)
 宝塚歌劇史上初鹿児島県出身トップスター誕生。愛華みれ後援会発足。
平成12年6月(2000年)
 平成12年5月森田栄会長ご逝去により、浜口幹事長会長代行兼務。
平成12年11月(2000年)
 関西鹿児島県人会総連合会の設立への協力が、役員会において了承された。
平成13年1月(2001年)
 設立準備会の構想作成、2月準備委員会発足。
平成13年6月(2001年)
 浜口典慶氏新会長就任、7月に安藤幹事長を選任。
平成13年11月(2001年)
 関西鹿児島県人会総連合会設立に、エネルギーを集中したため、秋季大会は中止され、 同年12月に忘年会を盛大に挙行。
平成16年4月(2004年)
 恒例の薩摩義士顕彰、治水神社250年大祭に参加、安藤幹事長、原田副会長はじめ53名が参拝。
平成16年度春季総会(2004年)
 浜口会長を再選出 懇親深めて新年度へ
 6月13日、大阪ミナミの道頓堀ホテルで平成16年度春季総会が開かれ、ご来賓25人、会員110人が参加しました。浜口会長やご来賓のあいさつのあと議事に入り、活動・行事報告のほか15年度決算報告ならびに16年度予算案が提案され、原案通り承認されました。次年度の会長には満場一致で浜口氏が再選されました。閉会後は懇親会を行ない、歌謡ショーや腹話術、カラオケで時を忘れる懇談の輪が広がりました。
平成16年6月(2004年)
 近畿鹿児島県人会連合会と改称し、現在に至っている。
秋季大会
 100余人の参加で賑わう法人自営業・議員連盟も紹介
 平成16年度の秋季大会が大阪の道頓堀ホテルで開催され、ご来賓や会員ら100余人が参加しました。開会のあいさつ、浜口会長のあいさつなどのあと、ご来賓の祝辞があり、中山泰秀衆議院議員がスピーチしました。第1部終了後、懇親の場に移り、プロによる演歌競演や声帯模写などのアトラクション、ビンゴゲームで大いに盛り上がり、参加者一同心ゆくまで楽しみました。
平成16年11月(2004年)
 近畿鹿児島県人会議員連盟設立
平成17年(2005年)
 総会にて法人連盟自営業者を近畿鹿児島県人会(会長:美坂房洋氏)とし設立

中央が美坂氏
戦後の混乱期をへて
 当会の前身三州会より、間もなく還暦を迎えようとしております。
 それぞれの「志」をもって故郷を後に、郷里の先輩を頼り、関西人となられた県人の、心のよりどころとし、剣道、ゴルフ、野球等の大会、物産の紹介、さと帰り観光(南洲神社参拝)航空便就航運賃割引き交渉等を実行、芸能関係では、三界りえ子氏、西郷輝彦氏、森進一氏等々、鹿児島出身者が期待に答えられました。
 近畿鹿児島県人会連合会は、夢の共有と、過ぎにし数々の先輩達のご実績を、常に胸に秘め、感謝し、ふる里のそれぞれの地を想い出しては、近畿と故郷の希望のかけ橋の、一翼ならんとするものである。
 和を一として、一層の発展を期すべく、県当局、関係各位のご理解、ご協力をお願い申し上げる次第で有ります。 (文責・中野)
近畿鹿児島県人会連合会の、今昔の想い出や、またこれからの県人会に望まれる事等の、エピソードの手記を募集しています。

入会案内

「あなたが主役」
 何と言っても普段会えない人とも会える…。ああ同じ鹿児んま。懐かしか!それだけでも心が満たされ、会に魅力を感じますネ。
 「郷土愛のもとに大同団結し、地域、職場、家庭並びに郷土の発展に寄与する」
 不透明な時代、足るに知る21世紀にこそ、自助、互助、親睦、研鑽などなど、県人会活動の輪が人生を豊にします。ぜひ、ご参加下さい。
 貴方が中心になって観劇、旅行、ボランティア、スポーツ等2〜3世も共に楽しめるサークル活動をしませんか。そして与える喜びを…。
主な行事(参加自由)
新年互礼会 春季総会 秋季大会 薩摩義士顕彰(4月治水神社) ファンデー鹿児島ふる里ツアー(南洲神社大祭) 全国県人会 薩摩義士法要 ◎談話交法会 毎月(1月除く)第2金曜夜(事務局にて) 五代塾
年会費

賛助会員(個人) 2,000円
法人会費 5,000円

企業やサービス業が元気になってこそパワーが発揮されます。生き馬の目をもぬくと云われた大阪での成功や失敗、その試練からの学び等、異業種、同業者、起業者の皆様、ぜひ研鑽会にご参加下さい。五代友厚公顕彰

申込先
近畿鹿児島県人会連合会 事務局
〒530-0011大阪市北区梅田2丁目2-2ヒルトンプラザウエスト・オフィスタワー19F Tel:080-4241-8747 Fax:06-6885-7590
お問い合わせ
入会申込書(PDF形式:182KB)


綱領

トップページへ

このページの先頭へ
copyright(c) 2003 近畿鹿児島県人会連合会